2019.08.02
休耕畑を借り上げ33歳で新規就農
今年5月発表の農林水産省・野菜生産出荷統計によると、2016年、2017年と連続で、群馬県産の夏秋ナスが出荷量日本一を達成。昨年の出荷量は、平成に入ってから最多となる1万5600トンを記録した。
昭和30年代からナスの栽培が始まった伊勢崎市。無加温ビニールハウスと露地栽培が地域へ普及し、県内屈指の産地に成長を遂げた。特に赤堀地区のナスは品質や味の良さが京浜地区の市場で高く評価され、名産地として知名度も上がった。
こうしたなか、農畜産ブランド化の推進団体、伊勢崎市「農&食」戦略会議は昨年、独自ブランド第12号として、いせさき甘露茄子・宵葉月を発表。薄くて柔らかい皮と、水分量の多い果肉が特徴の同品種は生食に適し、消費者から注目を集めている。
宵葉月を栽培しているのは、農業生産法人・合同会社野菜屋総合サービス代表の小沼大輔さんと香恵さん夫妻。7年前、未経験にも関わらず、いきなり専業農家への道を選んだという。
建築関係の仕事に従事していた大輔さんが就農したのは33歳の頃。「定年退職後、農業に励んでいた父の手伝いがきっかけで、野菜作りへ興味を持ちました」と話す。
就農1年目は自宅近くの休耕畑を1反(300坪)借り、自己流でナスのハウス栽培に挑戦。しかし、農業の知識や技術を持たない大輔さんは、思うようなナスが作れない。そこで就農2年目は、みどり市のベテラン農家に師事し、ナス栽培の基本をいちから学んだ。繁忙期には農業経験者である
シルバー人材の助けを借り、少しずつ事業としての基盤も整っていく。収穫が軌道に乗ると、ますます農業への意欲も湧いた。
大輔さんは栽培する野菜を増やしたいと、さらなる土地の借り入れを地主へ交渉。農業従事者の高齢化が進む赤堀地区には、手入れの行き届かない遊休農地も少なくない。多くの人々が、「有効活用してくれるなら」と、土地の貸与を快諾してくれたという。
栽培する野菜の種類拡大や、1年中収穫できる仕組みが整うと、大輔さんは農業をビジネスとして成功させ、地元へ貢献したいと考えるようになる。そこで思いついたのが、新しいブランドナスへの挑戦だ。就農3年目の春、新たな夢を抱き、次のステップへ踏み出した。
地元を代表する名産に育て地域の人々へ貢献したい
赤堀地区のナス農家が生産している主な品種は、ハウス栽培に適した式部ナスと、露地栽培用のくろべえナス。共に色が濃い黒紫色で、さまざまな料理に適している。もちろん、両方とも品質は申し分ないが、強力なブランド力もない。2013年、地元産のナスをもっと有名にしたいと考えた
大輔さんは、懇意にしている種苗業者へ相談し、これまで作った経験のない品種を取り寄せた。
2年間かけて10種類の栽培に挑戦した大輔さんは、すべての味を食べ比べた。すると、ある品種を口にした瞬間、「口の中でとろけてしまうような、初めての食感に出合いました」と振り返る。たっぷり水分を含んだ果肉は真っ白で、切ってから時間が経っても変色しない。生のまま薄くスライスしてわさび醤油やごま油をかけるだけで、十分おいしいと感じたという。
これまで育てていたナスが、1本の苗から平均200個の実を収穫できるのに対して、新しく取り組んだ品種はわずか80個ほどしか収穫できず、水やりのタイミングも難しい。それでも、「このナスは地域の新しい名産にできる」と大輔さんは確信した。
施す肥料は有機肥料のみにこだわり、品質の良さを追求。おいしいナス作りのためなら、手間や経費は惜しまないと決めた。
「つややかな光沢のある皮と、みずみずしい果肉からイメージし、商品名をいせさき甘露茄子・宵葉月と名付けました」と、香恵さんは笑顔をみせる。
宵葉月の本格的な栽培に踏み切り、販路を拡大したいと考えていた小沼夫妻。そんな折、以前から参加していた伊勢崎市「農&食」戦略会議で新ブランド候補の話題になり、自慢のナスを紹介した。
さまざまな野菜作りのプロが集まる会議で、試食に出された宵葉月は高い評価を得る。昨年、伊勢崎市の新ブランド野菜に認定され、「ようやく夢の入口に立ちました」と大輔さんは意気込む。
また、2年前に法人化し、11人の従業員を雇用している小沼夫妻は、次世代の育成にも力を注いでいる。20代の出雲右京さんと福田圭吾さんは以前から興味があった農業の仕事に就き、「将来独立を考えています」と笑顔で話す。若い就農希望者を育てるのも、世話になった人々への恩返し
だ。
今はまだ、1軒でしか生産していない宵葉月だが、協力農家を募り、「地元の名産品に育てて、地域へ貢献したい」と目標を掲げる小沼夫妻。生産者の思いから生まれた新ブランドナスがいつか、全国の食卓へ届く日を楽しみにしたい。